【心理学】オフィスに「休む場」を作る：集中力と創造性を高める心理学と実践策
導入：オフィス環境改善における「休む場」の重要性
総務部の皆様におかれましては、従業員の生産性向上やウェルビーイング（心身の健康と幸福）向上に向けたオフィス環境改善の必要性を感じつつも、限られた予算や情報の中で何から手をつければ良いか、日々ご検討されていることと存じます。
特に近年、働き方の多様化やリモートワークの普及により、オフィスに出社する「価値」が改めて問われています。単なる執務スペースではなく、従業員が心身ともにリフレッシュし、新たなアイデアを生み、活発なコミュニケーションを図れる場所としてのオフィスの役割が重要視されています。
その中で、「休む場」の整備は、単なる福利厚生の拡充に留まらず、従業員の集中力維持、ストレス軽減、創造性の刺激、さらには組織全体の活性化に繋がる、費用対効果の高い投資となり得ます。本稿では、心理学的な視点から、オフィスにおける「休む場」の重要性を解説し、総務部の皆様が今日から実践できる具体的な改善策をご紹介いたします。
なぜオフィスに「休む場」が必要なのか？心理学的な観点から
長時間の集中作業は、人間の注意資源を消耗させます。これは心理学で「注意資源の枯渇」や「セルフコントロールの枯渇（Ego Depletion）」として説明される現象です。注意資源が枯渇すると、集中力が低下し、ミスが増え、ストレスを感じやすくなります。
ここで重要になるのが「休憩」です。心理学の研究によれば、適切な休憩は注意資源を回復させ、その後の作業効率を高める効果があります。特に、自然環境に触れること（緑を見る、自然音を聞くなど）は、注意資源を回復させる効果が高いことが示唆されており、これは「注意資源回復理論（Attention Restoration Theory: ART）」として知られています。
しかし、多くのオフィスでは、休憩というと自席でスマートフォンを見たり、無機質な休憩スペースで短時間過ごしたりするに留まりがちです。このような休憩では、注意資源の回復効果が限定的である可能性があります。
具体的な改善策：心理学に基づいた「休む場」の作り方
心理学的な知見を踏まえると、オフィスにおける「休む場」は、単に身体を休めるだけでなく、心をリフレッシュし、創造性を刺激するような環境であることが望ましいです。以下に、比較的低コストで導入可能な具体的な改善策を複数提示します。
1. 緑を取り入れる（バイオフィリア効果の活用）
- 心理学的効果: 人間には本能的に自然との繋がりを求める「バイオフィリア」という欲求があるとされます。植物を視界に入れることで、ストレス軽減、気分転換、集中力向上、創造性向上といった効果が期待できます。前述の注意資源回復理論（ART）においても、自然環境は効果的な回復源とされています。
- 実践方法:
- 休憩スペースに大型の観葉植物を複数配置する。
- 窓辺にグリーンカーテンを設置する。
- 壁面に植物パネル（フェイクグリーンでも効果あり）を取り付ける。
- 各テーブルに小型の鉢植えを置く。
- 費用感: 数千円～数万円程度から導入可能です（植物の種類や数による）。レンタルサービスを利用すれば初期費用を抑えられます。
- 期待される効果: ストレス軽減、リラックス効果、視覚的な心地よさの向上。
2. 照明を工夫する（光の心理的影響の活用）
- 心理学的効果: 光の色や明るさは、人の気分や覚醒度に大きく影響します。リラックス効果を高めるには、暖色系（電球色）でやや照度を抑えた間接照明などが適しています。自然光に近い光（昼白色）は集中力を高める効果がある一方で、休憩時にはリラックスを妨げる場合があります。
- 実践方法:
- 休憩スペースのメイン照明を調光可能なものにする。
- 暖色系のフロアランプやスタンドライトを配置する。
- 窓からの自然光を遮りすぎず、心地よい明るさを確保する（遮光カーテンではなく、光を透過するブラインドやロールスクリーンを利用するなど）。
- 費用感: 照明器具の購入費用（数千円～）、設置工事費（既存設備による）。
- 期待される効果: リラックス効果、目の疲れ軽減、居心地の良さ向上。
3. 色彩の効果を活用する（色彩心理学の応用）
- 心理学的効果: 色は人の感情や行動に様々な影響を与えます。休憩スペースには、鎮静効果やリラックス効果のある青や緑、安心感を与えるベージュや木目調などが適しています。逆に、刺激の強い赤や黄色は避けた方が良いでしょう。
- 実践方法:
- 壁の一面をアクセントカラーとして落ち着いた青や緑にする。
- 家具の色を木目調やアースカラーで統一する。
- クッションやラグなどのファブリックにリラックスできる色を取り入れる。
- 費用感: 壁紙の張り替え（数万円～）、家具・ファブリック購入費用（数千円～）。
- 期待される効果: ストレス軽減、穏やかな気分の促進、空間全体の雰囲気改善。
4. 異なる種類の「休む場」を用意する（選択肢によるコントロール感の提供）
- 心理学的効果: 人は自分で選択できる状況にあるとき、コントロール感を得て心理的な安定や満足感が高まります。休憩の目的（一人で静かに過ごしたい、同僚と気軽に話したい、仮眠をとりたいなど）は人それぞれ異なるため、複数の選択肢を用意することが重要です。
- 実践方法:
- ソファ席や一人掛けのチェア、カウンター席、テーブル席など、異なるタイプの座席を用意する。
- 簡単な会話ができるエリアと、静かに過ごせるエリア（例：図書館のようなブース席）を分ける。
- 仮眠用の簡易ベッドやリクライニングチェアを設置する（可能であれば）。
- 費用感: 家具購入費用（数万円～）。レイアウト変更に伴う費用。
- 期待される効果: 従業員のニーズへの対応、満足度向上、多様な休憩スタイルへの対応。
5. 香りや音を考慮する（五感を刺激する環境整備）
- 心理学的効果: 特定の香りはリラックス効果や集中力向上効果があることが知られています（例：ラベンダー、カモミール、ペパーミント）。また、静かすぎる環境や、逆に周囲の雑音が気になる環境はリラックスを妨げます。自然音（小川のせせらぎなど）や、落ち着いたBGMは、心地よい空間を作り出すのに役立ちます。
- 実践方法:
- アロマディフューザーを設置し、リラックス効果のある香りを拡散させる（香りに敏感な人もいるため、香りの強さや種類には配慮が必要）。
- マスキングサウンドとして、落ち着いた音楽や環境音を流す。
- 吸音材を利用したり、パーテーションを設置したりして、外部からの騒音を軽減する。
- 費用感: アロマディフューザー・オイル（数千円～）、BGMシステム（数千円～）、吸音材（数千円～）。
- 期待される効果: リラックス効果、気分転換、プライバシーの確保（音による）。
事例: ある企業の調査では、休憩スペースに観葉植物や心地よい照明を設置した結果、従業員のストレスレベルが低下し、休憩後の業務への集中力が増したという報告があります。また、異なるタイプの座席を用意したことで、用途に応じた使い分けが進み、休憩スペースの利用率が向上しました。
実践方法と注意点
これらの改善策を導入するにあたり、以下のステップと注意点を考慮することが重要です。
- 現状分析とニーズ把握: まず、現在の休憩スペースの利用状況や従業員の休憩に関する不満、要望などをアンケートやヒアリングを通じて把握します。どのような「休む場」が求められているかを知ることが出発点です。
- 目的の明確化: 休憩スペースの整備によってどのような効果（例：ストレス軽減、創造性向上、コミュニケーション促進）を目指すのかを明確にします。これにより、導入する施策の優先順位や内容が決まります。
- スモールスタート: 最初から大規模な改修を行うのではなく、特定のエリアで試験的に導入したり、低コストのアイテム（観葉植物、照明器具の一部変更、クッションなど）から始めたりすることをおすすめします。これにより、効果測定を行いやすく、リスクを抑えられます。
- 従業員への周知と参加促進: なぜこのような改善を行うのか、その目的と期待される効果を従業員にしっかりと伝えます。また、改善策の検討段階で従業員の意見を募ることで、当事者意識を高め、利用促進に繋がります。
- 効果測定と改善: 導入後、休憩スペースの利用率や従業員の満足度、業務への影響などを定期的に測定し、必要に応じて改善を続けます。
総務担当者としての注意点:
- 導入にあたっては、消防法や建築基準法などの法令順守を確認してください。
- 清掃やメンテナンスの方法、責任者を明確に定めてください。
- 費用対効果を経営層に説明できるよう、導入費用と期待される効果（生産性向上によるコスト削減効果など）を具体的に検討してください。
まとめ：オフィスに「休む場」を作ることは未来への投資
オフィスに心理学に基づいた「休む場」を整備することは、単に休息の機会を提供するだけでなく、従業員の心身の健康をサポートし、集中力、創造性、生産性を高めるための重要な施策です。低コストで始められるアイデアも多く存在し、段階的な導入や効果測定を通じて、組織にとって最適な「休む場」を作り上げていくことが可能です。
総務部の皆様がこれらのヒントを参考に、従業員一人ひとりが活き活きと働けるオフィス環境の実現に向けた一歩を踏み出されることを願っております。働きがいのあるオフィスは、企業の持続的な成長に不可欠な要素であると確信しております。